【アニメ】建築士っていつからいたの?1400年の「設計する人」の歴史|大工・番匠・建築家・建築士
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「建築士」って、いつからいると思いますか? 答えは1950年。じつは、まだ76年しかたっていません。でも、建物を設計する人はそれよりずっと前からいました。1400年以上の「設計する人」の歴史を、呼び名の移り変わりとともに時代順にたどります。
アニメでも解説しています。
飛鳥時代(588年):海の向こうから来た技術者
588年、朝鮮半島の百済から、お寺を建てる専門家たちがやってきました。『日本書紀』には、寺工(てらたくみ)・鑪盤博士(ろばんはかせ)・瓦博士(かわらはかせ)・画工(えかき)の名前が出てきます。
- 寺工:建物をつくる技術者
- 瓦博士:瓦をつくる職人。日本の瓦づくりも、このとき伝わった技術から始まったとされる
こうして建てられたのが、日本で最初の本格的なお寺、飛鳥寺です。593年には塔の中心の礎石に仏舎利をおさめ、翌日に心柱を立てたと伝わります。日本の本格的な建物づくりは、海の向こうから来た技術者とともに始まりました。
奈良時代(700年代):国の技術職員「大工(おおたくみ)」
奈良時代になると、国が建物づくりを仕切るようになります。律令という国のしくみの中に、木工寮(もくりょう)という役所があり、東大寺を建てるための造東大寺司(ぞうとうだいじし)もつくられました。
そこで働く技術者の役人が「大工(おおたくみ)」と呼ばれました。たとえるなら、国の建物をつくる部署の技術職員です。いまの大工さんとは、ずいぶんイメージがちがいます。
中世(1200年代):親方と「番匠」のチーム
平安時代の後半になると、「大工」は役所の役職ではなく、ひとつの工事をまとめる親方を指すようになりました。
番匠(ばんしょう)とは、中世に建物をつくる職人たちを指した呼び名のことで、もともとは奈良時代に国の工房で交代で働いた人たちの呼び名から来た言葉です。番匠のチームには4つの階層がありました。
- 大工(だいく)
- 引頭(いんとう)
- 長(おさ)
- 連(つれ)
1208年の興福寺北円堂の工事の記録にも、この呼び名が並んでいます。いまの現場監督と職人のチームのような関係です。さらに寺や神社は、決まった大工に工事をまかせる「大工職(だいくしき)」という権利をつくりました。腕のいい親方が仕事を守るためのしくみでした。
江戸時代(1608年):秘伝の設計書『匠明』
桃山時代になると、建物全体の寸法を決める「木割」がはっきりしてきます。木割とは、柱の太さを基準に、ほかの部材の寸法を割り出す決まりのことです。料理のレシピで、材料の分量を比で決めておくようなものです。
1608年には、幕府の大工の家・平内家(へいのうちけ)の『匠明(しょうめい)』という木割の本がまとめられました。2年後に書き足された部分には、この秘伝をよその大工にもらすな、という戒めまであります。設計のノウハウは、家ごとに受けつぐ大切な財産だったのです。そして江戸時代には、建物をつくる人の呼び名が「大工」に落ち着きます。
明治(1877年〜):日本の「建築家」の誕生
1877年、イギリスから20代半ばの建築家コンドルがやってきて、工部大学校で西洋の建築を教えます。1883年に完成した鹿鳴館(レンガ造2階建て、2階に舞踏会の大広間)の設計者としても有名です。
1879年、最初の卒業生として4人が巣立ちます。
- 辰野金吾:日本銀行本店(約5年半かけて1896年完成)、東京駅(1914年完成)
- 片山東熊:いまの迎賓館赤坂離宮(1909年完成。のちに明治以降の建物として初めて国宝に)
- 曽禰達蔵
- 佐立七次郎
日本で学んだ、日本の「建築家」の誕生です。当時は建築のことを「造家(ぞうか)」と呼んでいて、1886年にできた造家学会が、1897年に建築学会と名前を変えました。
戦後(1950年):「建築士」が生まれる
建築家という資格は、まだ法律にはありませんでした。大きな地震や戦争、台風で多くの建物が被害を受け、建築家たちは、建物をつくる人の資格を法律で決めようと動きます。それまでの建物のルールだった市街地建築物法は、できてから30年がたち、戦後の新しい時代には合わなくなっていました。
そして1950年5月24日、建築基準法(法律第201号)と建築士法(法律第202号)が、同じ日に公布されます。
- 建築基準法とは、建物の構造や設備、使い方について最低限の基準を決めた法律のこと
- 建築士法とは、設計や工事監理をする技術者の資格を決めて、建物の質を高めるための法律のこと
工事監理とは、図面のとおりに工事が進んでいるかを確かめる仕事です。国の試験に合格し、免許を受けた人だけが「建築士」を名のれるようになりました。
現在:一級・二級・木造の3種類
1983年の法改正(昭和58年法律第44号)で、木造建築士が加わります。いまの建築士は一級・二級・木造の3種類で、建てられる建物の大きさや構造で、必要な資格が分かれています。
まとめ
- 呼び名の移り変わり:大工(おおたくみ)→ 番匠 → 大工(だいく)→ 建築家 → 建築士
- 588年:百済から寺工・瓦博士らが渡来し、飛鳥寺を建てる
- 1608年:平内家の木割書『匠明』
- 1877年:コンドル来日。1879年に辰野金吾ら最初の卒業生4人
- 1950年5月24日:建築基準法と建築士法が同じ日に公布
- 1983年:木造建築士が加わり、いまは3種類
呼び名は変わっても、建物を設計する人は1400年以上いました。でも「建築士」という資格は、まだ76歳です。
出典
- 『日本書紀』崇峻天皇元年条(588年の寺工・鑪盤博士・瓦博士・画工の渡来)、推古天皇元年条(593年の塔心礎への舎利埋納・心柱)…奈良文化財研究所の資料による
- コトバンク「大工」「番匠」(日本大百科全書・世界大百科事典)
- 松江市「木割」の資料、JAANUS「shoumei(匠明)」
- 国立国会図書館「近代日本とフランス」第1章「建築家」誕生
- 三井住友トラスト不動産「このまちアーカイブス 日比谷」(鹿鳴館)
- 中央区「日本銀行本店本館」、コトバンク「辰野金吾」
- 迎賓館赤坂離宮の資料(内閣府)
- 国立国会図書館 典拠データ「造家学会」「建築学会」
- 日本建築家協会関東支部 講演資料(建築士法制定の背景)
- 建築士法(昭和25年法律第202号)、建築基準法(同第201号)、建築士法及び建築基準法の一部を改正する法律(昭和58年法律第44号)…日本法令索引・衆議院「制定時の法律」
この記事は、公表されている資料をもとにまとめた個人の学習ノートです。年代や人数は資料により異なる場合があります。


