【一級建築士 学科Ⅰ】西洋建築史①古代〜ゴシック|写真で覚えるパンテオン・ハギア・ソフィア・ノートルダム(過去問12肢を全部解説)
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一級建築士・学科Ⅰ(計画)で出る西洋の建築史。1回目として、古代ギリシアからゴシックまでの建物・都市を扱う12肢を、正しい肢も含めて全部、写真と略図で確認します。
動画でも解説しています。
この記事でわかること
- 西洋の建築史は過去10年で8問・32肢、この記事はそのうち12肢
- 古代〜ゴシックの誤りの肢は1つだけ
- 各建物の、試験に出た特徴
- 平成29年の年代順の並べ替えの解き方
何を調べたか
- 問題:建築技術教育普及センターが公表した平成29年〜令和8年の学科Ⅰ
- 7問は「最も不適当なもの」を選ぶ問題で、正答肢は誤りの記述
- 平成29年は年代順の並べ替え(正しいものを選ぶ)
- 建物の年代・特徴は Wikipedia(英語版) で確認。どこが誤りかは筆者の読み
古代〜ゴシックの12肢、誤りは1つだけ
古代からゴシックまでの12肢のうち、誤りの肢は令和7年のパルテノン神殿の1つだけでした。誤りの肢7つのうち6つは、次回のルネサンス〜近代にあります。この範囲は、正しい肢で述べられた特徴を、そのまま建物の説明として覚えるのが効きます。

古代ギリシア・ローマ
パルテノン神殿(前447〜前432年)

*写真:A.Savin/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons*
アテネのアクロポリスに建つ、外周をドリス式の列柱が囲む周柱式の神殿です。令和7年は、この神殿について「クリアストーリーから神室に光を入れた」と書いた肢が誤りでした。

オーダーとは、柱と梁の型のことで、柱頭で見分けます。ドリス式は太く柱礎がなく、イオニア式は柱頭に渦巻き、コリント式はアカンサスの葉の飾りです。パルテノン神殿の外周がドリス式という部分は正しい記述でした。

クリアストーリーとは、身廊の壁を側廊の屋根より高く立ち上げ、その壁に並べる高窓のことです。ローマのバシリカや、ロマネスク・ゴシックの教会堂の要素で、屋根が1枚で身廊と側廊の段差がないギリシア神殿にはありません。

前半のドリス式は正しく、後半に別の建築形式の要素を足して誤りにしています。高窓という言葉が出てきたら、身廊と側廊のある教会堂の話かどうかを確かめます。
パンテオン(126年頃)

*写真:Julian Lupyan/CC0/Wikimedia Commons*
ハドリアヌス帝のときに再建され、126年ごろに献堂されたローマの神殿です。平成29年・令和4年・令和7年と3回出て、3回とも正しい肢でした。

ドームの直径は43.3mで、床から頂部の天窓までの高さも同じです。直径43.3mの球がちょうど中に入ります。令和4年は「上へいくほどドームが薄くなる」という肢で、実際、厚さは根元から頂部へ薄くなり、骨材も下は重い石、上は軽い石に変えています。

*写真:T. Le Berre/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons*
令和7年は「頂部の天窓から内部に光を取り入れる」という正しい肢でした。無筋のコンクリートのドームとしては、今も世界最大です。約43m・天窓・上ほど薄いの3つをセットで覚えます。
ミレトス:格子状の街割り

令和3年は海外の都市の問題でした。ミレトスは、いまのトルコ西岸にあった古代ギリシアの都市で、紀元前5世紀の再建時に、ヒッポダモスによる格子状の街割りが城壁の内側全体に敷かれました。ヒッポダモス式とは、この格子状の都市計画のことです。中央に行政・宗教・商業、その南北に住宅地という記述も含めて正しい肢です。
ビザンチンと8〜9世紀
ハギア・ソフィア(532〜537年)

*写真:ImanFakhri/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons*
ユスティニアヌス帝が建てた聖堂で、完成時は世界最大の内部空間でした。令和7年は「ペンデンティヴの巨大なドーム、バシリカ式と集中式の融合」という正しい肢でした。

ペンデンティヴとは、四角い平面の四隅に作る三角形の曲面のことで、正方形の上に円いドームを載せるための技術です。ハギア・ソフィアでは、中央の大ドームの東西に半ドームが続き、東西に長いバシリカの奥行きと、ドームを中心にした集中式が1つの空間になっています。
この「東西に半ドーム」は次回にも出ます。令和4年は、フィレンツェ大聖堂のドームを東西の半ドームと南北のバットレスで支える、と書いた肢が誤りで、これはむしろハギア・ソフィアの形です。
サン・マルコ大聖堂(1063年頃〜)

*写真:Yair Haklai/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons*
ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂は、いまの建物が1063年ごろに着工された3代目で、手本はコンスタンティノープルの聖使徒教会でした。令和6年は「ギリシア十字形の集中式の平面に、中央と十字の各腕の上にドーム」という正しい肢です。

ギリシア十字は4本の腕の長さが等しい十字で、サン・マルコはその中央と各腕に、合わせて5つのドームが載ります。
アーヘンの宮廷礼拝堂(792年頃〜805年)

*写真:Traveler100/CC BY-SA 3.0/Wikimedia Commons*
カール大帝が着工し805年に献堂した礼拝堂で、いまはアーヘン大聖堂の中心部です。令和元年は「八角形の身廊と十六角形の周歩廊、身廊の上にドーム状のヴォールト」という正しい肢でした。八と十六が入れ替わっていないかが見どころです。
コルドバの大モスク(785年〜)

*写真:Sharon Mollerus/CC BY 2.0/Wikimedia Commons*
785年に建てられ、10世紀末まで拡張されたモスクです。礼拝室には柱が林立し、その上に2段重ねのアーチが載ります。1236年にキリスト教の国に征服され、1523年からは建物の中央に大聖堂が挿入されました。令和元年は「紅白の2段アーチと、2つの文化の混在」という正しい肢です。

下段のアーチは柱から立ち上がり、その上にもう1段アーチを重ねて天井を高くしています。紅白の縞は、迫石の赤いレンガと白い石を交互にしたものです。
ロマネスクとゴシック
シュパイヤー大聖堂(1030〜1061年)

*写真:Roman Eisele/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons*
赤い砂岩の三廊式のバシリカで、現存する最大のロマネスク建築とされます。令和6年は「ラテン十字形の三廊式バシリカに、西面・交差部・内陣の両側の塔」という正しい肢です。
ル・トロネ修道院(1176年頃〜1200年頃)

*写真:Micleg44/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons*
南フランス・プロヴァンスのシトー会の修道院で、装飾をそぎ落とした石造のロマネスク建築です。平成29年の並べ替えで年代が問われました。
パリのノートルダム大聖堂(1163〜1260年頃)

*写真:Dietmar Rabich/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons*
令和6年は「二重の周歩廊をめぐらした内陣、階上廊のある側廊、五廊式のバシリカ、西面のバラ窓と双塔」という正しい肢でした。なお、五廊式という点は今回の資料の本文からは確かめられませんでした。

ゴシックがロマネスクと違う点は、リブ・ヴォールト、フライング・バットレス、巨大なバラ窓です。身廊の高い壁にはクリアストーリーが並び、外側からフライング・バットレスと控え壁で支えます。
平成29年:年代順に並べる

テンピエット、ル・トロネ修道院、パンテオン、セント・ポール大聖堂を古い順に並べる問題で、正答は肢4でした。
- パンテオン:2世紀(古代ローマ)
- ル・トロネ修道院:12世紀後半(ロマネスク)
- テンピエット:16世紀の初め(盛期ルネサンス)
- セント・ポール大聖堂:17世紀後半〜18世紀の初め(イギリスのバロック)
時代の名前が分かれば解けます。
まとめ
- パルテノン=ドリス式の周柱式神殿。高窓はギリシア神殿の特徴ではない
- パンテオン=直径43.3mのドーム・頂部の天窓・上ほど薄い
- ハギア・ソフィア=ペンデンティヴ+東西の半ドーム
- サン・マルコ=ギリシア十字+5つのドーム/アーヘン=八角形+十六角形
- コルドバ=紅白の2段アーチ/ノートルダム=バラ窓・双塔・二重周歩廊
次回は、誤りの肢が6つあるルネサンス〜近代です。
出典
- 一級建築士試験 過去の試験問題等(平成29年〜令和8年の学科Ⅰ・正答肢)|建築技術教育普及センター
- 建物の年代・特徴:Wikipedia(英語版、2026年10月4日参照)の各建物の記事
- 写真:Wikimedia Commons(各写真の下に作者とライセンスを表記)。略図は筆者による
この記事は公表資料をもとにした個人の学習ノートです。問題文は要約しており、時代の区分と「どこが誤りか」は筆者の判断です。建物の年代などは原典で必ずご確認ください。


